「NuLAND<ニューランド>」のデザインディレクションから世界観の構築までを担ったトップクリエイターのえぐちりかさん。さまざまなプロジェクトが進行する超多忙な毎日のなかで、なぜNuLANDに関わることになったのか。そこには、母としての思いがありました。ちょうど届いたばかりの「NuLAND<ニューランド>」の試作品第一号を確認しながら、ご自宅にてお話をお聞きしました。

 

常識に縛られない、新しい世界に向けたランドセル

―――3人のお子さんを育てていらっしゃるえぐちさん、今回、ランドセルのディレクションを引き受けることになった経緯やお気持ちをお聞かせください。

ランドセルというテーマのお仕事は初めていただくものでしたが、なんといってもそのコンセプトに惹かれました。

RENU(レニュー)』という再生素材を使った環境にやさしいもの、そして子どもの体にも負担のないランドセルを作りたいという岡本直子さん(RANAOS代表)の熱意がものすごく伝わってきて。そこに共感し、一緒にやってみたいと強く感じたのです。

どんな仕事も、自分の経験を通じて表現できることが理想です。今回は、私自身、毎日ランドセルを背負って学校へ通う新5年生の長男がおり、さらにこの春の入学に向けて次男にも新しいランドセルを選び終えたというタイミングでした。ですから、ひとりの親として、実際に使っているからこその気持ち、そして買う前の気持ち、いろいろな視点で新しいものを生み出せるかもしれないと思いました。 

NuLAND<ニューランド>」というネーミングは、RENUの「ニュー」に、ランドセルの「ランド」という音の響きから生まれました。

未来を担う子どもたちに向けた、これまでの常識や当たり前に縛られない新しい世界、つまり「新しい大陸」=「ニュー・ランド」をイメージしています。


さりげないけれど絶妙な存在感を放つネームタグ。

 

 地球にも目にもやさしい、暮らしに溶け込むカラーリング

―――カラーリングでもその思いを表現されているそうですね。

はい、環境と子どもにやさしいということで、アースカラーをイメージし、自然になじみ、目にやさしく、そして日常の暮らしのなかにも溶け込むような色調を選びました。


レッドは浮きすぎず、肌馴染みのいい色調に。

 

ただ大人っぽく落ち着いて仕上げるのではなく、子どもたち自身が「持ちたい!」と思えるテイストも大切にしたくて、そのバランスはとても意識した点です。

今は、ブラックやネイビーが好きな女の子もいますし、レッドやキャメルを背負いたい男の子もいます。ですからどのカラーも、ユニセックス、ニュートラルな雰囲気を目指し、性別にとらわれず、自由に選んでもらえるデザインになっていると思います。


試作品を試着するえぐちさんのお子さんたち。写真のブラック、ネイビー、レッドのほか、キャメルも販売予定。「キャメルは男の子にも女の子にも人気のカラー。ポリエステルで表現するのが難しい色なので、かなり時間をかけて色を調整しているところです」(えぐちさん)。

 

あえてこだわり抜いた、ランドセルらしいフォルム

―――「NuLAND<ニューランド>」は、新しい機能を備えつつも、あえて従来の「ランドセルらしさ」を感じるデザインを大切にされたとお聞きしました。

子どものランドセル姿は、やっぱりチャーミングです。日本のランドセルは海外にもファンが多いと聞いていますし、昔から受け継がれてきた良さも大切にしたい。そこで、新しさは機能で追及し、形状はこれまでの良さを踏襲しようと考えました。

形は、なにより心を砕いたところです。ただ、これまでのランドセルのように革や合成皮革ではないので、あの独特の丸みを出すのにとても苦労しました。


この丸みを出すために様々な試行錯誤が。

 

そもそも、リュックのような身軽さを求めて始まったランドセルです。大人としては機能を優先して考えたくなりますが、実際に背負うのは子どもたち。「RENU®」という新しい素材で、しかも形までまったく新しいものとなると、背負うのに勇気がいるという子どももいるかもしれません。「ランドセル」は、小学校へ上がる象徴的な存在。そこに向けたわくわくする気持ちや期待感も大切にしたかったところです。


かぶせには、ランドセルらしさの象徴としてリベットを配置。


サイドの金具もデザインのポイントに。マットで落ち着いた質感にもえぐちさんのこだわりが。

 

◆「早く荷物を入れて、早く帰りたい!」子どものリアルな声が形に

―――たくさんの人にヒアリングをしていくなかで、えぐちさんの息子さんの意見も参考になったとうかがいました。 

NuLAND<ニューランド>」は、前面が大きく開くことがポイントですが、初期サンプルの段階では手前面からしか物の出し入れができませんでした。でも、打ち合わせで話を聞いていた息子が、「僕だったら、チャックを毎回全部開けて取り出すのは面倒くさい」と言ったんです。

「僕たちは早く荷物を入れて、早く家に帰って遊びたいんだ」って。それを聞いて、なるほどと納得しました。

これはきっと、子どもたちの毎日の使い勝手にも大きく関わると感じ、チャックを天面から開く仕様に、検討し直すことになりました。試行錯誤の末、結果的に子どもが学校の狭い机の上や、フックに引っかけたままでも奥のものまで取り出しやすい、今の形が誕生するきっかけとなりました。


試作品を見ながら息子さんの意見を聞くえぐちさん

 

◆大容量、ネームプレート、鍵…。安心、安全を願う親心がいたるところに

―――小学生の親だからこそ気づく、細やかな視点も織り込んでいるそうですね。 

小学生はとにかく荷物が多いですよね。今は水筒も必需品ですし、学童に通う子はお弁当も持参します。タブレット端末を取り入れる学校も増えてきました。時代とともに、子どもたちの持ち物も量も、変わってきているようです。

息子の場合、手提げや荷物が多い日は、玄関にランドセル以外のものを置きわすれて学校に行くこともよくありました。全ての持ち物がランドセルの中に入っていたら、忘れ物もしなくなると常々思っていたので、容量には一番こだわったかもしれません。

また、手提げや巾着袋をランドセルの横にぶらさげると、巻き込み事故の原因にもなることもありますし、両手はできるだけ空けてあげたい。チャックでマチ幅を変えられる仕様にしたことで、すっきりとしたスマートさと、お弁当や水筒も入る大容量との両立を叶えました。


幅拡張機能で、幅を4㎝広げることができる。持ち物が特に多い月曜日と金曜日の荷物も、すべて収納可能。


内部のバンドで、教科書やノートを背中側にしっかり固定できる。

 

親の目が届きにくくなる登下校時の安心安全を考え、たとえばネームプレートは、カバーを開いてすぐではなく、チャックを開けた内側に。鍵やパスケースは、人目に触れる場所につけるのは不安なので、内側にキーフックをつけました。


パスケース、鍵など細々したものをしまえるサイドポケット。内側にはキーフックも。

 

これまでの伝統に、『NuLAND』という新しい選択肢を

―――ランドセルのプロジェクト全体を通じて、もっとも大切にされたことはなんでしょう。

伝統的なランドセルの良さと、新しい機能性とのバランスです。

ただ環境にやさしいというだけでは、子どもにも親にもなかなか響きません。

私自身、いわゆる「ラン活」に力を入れましたし、子どもにも試着をたくさんしてもらって、より良いものを贈りたいという気持ちでいっぱいでした。

反面、実際に背負っての通学が始まると、想像以上に荷物が多く、こんなにも重いのかと驚き、まだ体も小さくおぼつかない一年生の、ふらつく背中を見て心配にもなりました。あの頃に感じた気持ちが、ランドセルならではの丸みのあるフォルムの実現と、軽さや使い勝手を重視した機能性との両立に結びついている気がします。

時代も、小学生の持ち物も、学校のあり方も、少しずつ変わってきています。そんな中で、ランドセル選びだって素材や形、機能など、いろいろな選択肢が生まれていいはずです。

ランドセルに、これまでの革や合成皮革という素材や決まった形だけでなく、新しい選択肢を広げていくことも、わたしたちの役割です。

地球環境にも、子どもたちにも新しい提案をしている、この「NuLAND<ニューランド>」という小さな一歩が、これからの子どもたちに、そして世界中に届いてほしいと願っています。

Designer  えぐちりか

ランドセルのデザインディレクション、そして、NuLANDの世界観を創りあげたのはトップクリエイターである、えぐちりか氏。小学生の子どもを筆頭に3人の母親でもある彼女が子どもたちの身体のこと、保護者からの要望に正面から真摯に向き合い、同時にデザイン性もあきらめることなく追求したのがNuLAND。ネーミング、ロゴ、そしてキービジュアルの広告制作も担当。

<Profile>
アーティスト / アートディレクター。
アートディレクターとして働く傍ら、アーティストとして作品を発表。著書絵本「パンのおうさま」シリーズが小学館より発売。広告、アート、プロダクトなどの分野で活動中。主な仕事に、ARASHI EXHIBITION “JOURNEY”、SoftBank「5Gプロジェクト」「iPhone12 PRO」、オルビス「。DEFENCERA」、PEACH JOHN、CHARA、木村カエラ等のアートワークなど。イギリスD&AD金賞、スパイクスアジア金賞、グッドデザイン賞、キッズデザイン賞、JAGDA新人賞、JAGDA賞、ACC賞シルバー、ひとつぼ展グランプリ、岡本太郎現代芸術賞優秀賞、街の本屋が選んだ絵本大賞3位、LIBRO絵本大賞4位、受賞多数。青山学院大学総合文化政策学部えぐちりかラボ教員。3児の母。
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